2010年2月25日木曜日

たんぽぽが咲きました



昨日からどんどん気温が上がってきました。
いろいろな花が咲き始めました。







本日はとても風が強いです。
畑のあちこちを耕転します。


エンドウの苗が1/3ほどへたってしまいました。
生き残った苗を移動、定植しますが
この時期にこんなことしていいのかな?

片付け、水遣り、耕転を続けます。
どこに何を植えていくのかも
考えなくてはなりません。

2010年2月23日火曜日

「融通さん」は融通が効く!?

信貴山・朝護孫子寺。
聖徳太子ゆかりの古刹です。
何年か前、山歩きの一環として行こうとしたのですが
何回も道に迷ってたどり着けなかった私のいわくつきの寺。
今回は一点集中型で狙いを定めて初参拝に成功!!
って・・・素直に電車とかバスで来れば簡単なのですがね。

大和国信貴山は毘沙門天王が日本で

最初に御出現になった根本霊場です。
今から千四百年前聖徳太子が
この地において仏敵物部守屋討伐を
祈願されたおり虎をお供にされた
毘沙門天王が出現され戦勝の秘法を
授けられました。奇しくも
その日が寅の年・寅の日・寅の刻でありました。
そこで太子はこの山を「信ずべき、貴ぶべき山」として信貴山と
名づけられ自ら毘沙門天王の尊像を彫み守護神として
お祀りになりました        (境内の説明文より抜粋)

神道と仏教の戦いの原点。
・・・・しかして・・・本堂には鈴と銅鑼が仲良く並んでぶら下がっている。
だいたい毘沙門天とか・・・天とか呼ばれる方々は
大部分がヒンズー教の神様が転化したもので
ヒンズー的には仏陀はヴィシュヌ神の化身の一つで
それ以外には土着信仰とかいろいろなものが混在して・・・
難しいですね。

でもパワースポットに行くとはしゃぐ私。
むらむらとおみくじを引きたくなり・・・ば、ばかぁぁぁ!私のばか!
またまたまたまた神様に怒られて凶を握らされます。
それは分かりきっているのですが何かをしたい。
そう思ってきょろきょろしていると
「何ですかいな、これは・・・?」
ひょうたんがずらり!ここは秀吉くんも関係が!?ではなさそうで「融通さん」なる神様との契約形式らしいのです。「融通さん」は家庭円満、商売繁盛、諸願成就などいかなる願いでも「融通をきかせて」叶えてくださる神様だそうで・・・おおっ!万能の神だっっ!!ここにおわしましたか!願いをひょうたんに書いて自宅に持ち帰り神棚もしくは東の方向に祀る。願いが叶えばひょうたんを持って再参拝。お返しの札をつけてひょうたんを納める・・・と言う形式です。
まあなあ・・・願いが叶わなかった人は二度と来ないし
叶わなかったとしても「祀り方が駄目だから」とか言われたらそれまでだし。
かなりのマッチポンプ的よか商・・・・あわわわわ。
おみくじを引く事かなわぬ私はひょうたんを求めます。
かなりタルそうに仕事をしている売店のばば様が
かなり投げやりな説明をしてくれました。
ひょうたんがかわいいのでそれを差し引いてもわくわくの私。
さて、なにを願いましょう。
今年は釣りも再開する予定なので「大漁祈願」でしょうか。
それとも基本の「家庭円満」でしょうか。
あれこれ思い悩む私に家人がとんでもない言葉を投げつけます。
「あんたが書きたいのは"波乱万丈"だろ?」
うっっ・・・・
そんな気分も若い時にはありましたが今はとてもとても。
平穏無事・・・・と書きかける私に畳み掛ける家人。
「そして"天下布武"だな」
うぐっっっ・・・・なぜ私の秘めたる野望を・・・・
違うって。
でも、そこまで言われたら書かざるを得ません。
なにせ「融通さん」
言ったモン勝ち書いたモン勝ちの気配が・・・
「波乱万丈」「天下布武」って書いちゃったよ本当に。
ひょうたんの上のくびれの部分が余りました。
「もう一つぐらい四文字熟語が書けるけれども」
「波乱万丈」「天下布武」にも負けない神をも畏れぬ願いを書くべきでは
・・・・としばし熟考・・・・
「不老不死!!!」
叫んで書いた私にややおちょくり気味だった家人も唖然呆然。
融通はん、頼みましたえー!!
願いに上限なし、枠組みなし。
バベルの塔より高い私の願望の前では
「天下布武」なんて小さい小さい!

しかして・・・帰ってよく見たら
私、「不老不死」ではなくて
「不老長寿」って書いてやんの。
「不死」ははなからあきらめてやんの。
しかも「天下布武」の字も間違っているし。
本音では奥ゆかしいモンです。


←で、このひょうたん
しばらくしたら「不老長寿」を「不老不死」に書き改めて
「融通さん」に納めに行こうと思います。
ちゃんと見てくれる人がいたら悩むだろうな・・・・
「がっ願望が叶ったから納められているのか
このひょうたんはっっっ!!」
とびびってくれないかな。
まあ、気がついても貰えず
見ても悪ふざけと見破られるでしょうが。

でもちょっとそんな悪戯をしてみたい。
不老不死がかなわぬ生き物の形だけの挑戦なのだが
枠組みをこしらえた神に何かを言ってみたい。

・・・・そんな気持ちがあるから「引けば凶」なんですなぁ・・・・・



「よかれと思って」は仇

本日の往診は件数こそ少ないが新規が加わってかなりヘビー。
外来に来れなくなる→家人が薬だけ取りに来る
のパターンに陥った人には出張、と言うわけ。
介護保険のからみもあるしコンサルタントの側面が強くなる。
もっとも、医療のそして医師の本質はコンサルタント業だと思っているが。
投薬の手術の技術的な面ももちろん大切だが
大前提として「送り手」「受け手」の同意・合意がないと
いくら最先端・最高の技術を施してもそれはおせっかいに終わる。
今の世の中、患者も医者も情報過多で
何か余計な処で力を消耗している気がしてならない。

今日のテーマは「よかれと思って」
元来の性格に痴呆も加わって入院させれば暴力を振るうわ
思い通りにならないと当り散らして支援を拒否るわ
家族もよりつかないわで難儀しているじい様がいる。
要するにだだっ子の延長なのだが70をとうに超えてだだっ子では困る。
困るが仕事として関わる者はかかわらざるを得ない。
予想はしていたが往診も「あれもいらんこれも気に食わない」で拒否。
「薬もいらん」と怒鳴り散らすし、服薬管理もままならないため撤退。
担当のケアマネさんが自分も怒りながらも熱心に調整はしてくれているのだが。
このケアマネさんは本当に粘り強く熱心にしてくれるので
わたしも可能な限り調整には応じる。
それはいいのだが、このケアマネ氏、ぽろりと
「よかれと思ってやっているのに」全部拒否られる、と口走る。
うーん・・・
こっちの「よかれ」と相手の「よい」が一致する事ばかりではないのだけれどもなぁ・・・
熱心に仕事をするあまり相手のペースに飲み込まれている感じ。
相手がある一定以上の理解力を持って同意する方向をむかないと
こっちの「好意」もかえって仇になる。

本日は同様のパターンが3件発生する。
もう1件は病院職員の家族との問題。
もう1件は私用の出来事なのだが
途中でメールががんがん錯綜するので無視できず。
共通するのは「よかれと思って」
立場・状況としては全部違うのだが
こんな話が同じ日に起こるのはかなり珍しいな、と思う。

「よかれと思って」何かをする時のヒトの心理とは何だろう。
善意が行動の発端である事は間違いない。
それが仕事でも善意がなければ始まらないだろう。
しかしてその「善意」にはどうしても「我」が入る。
送り手も人間だから「よい事をしてあげたのだから感謝して欲しい」と思う。
意識・無意識はともかく何%かは絶対「みかえり」を期待する。
期待するのが当然だとも言う。
聖人・聖女ではないから、普通の我々は。
そこを押し返されると「ハラがたつ」
始めは「仕事だから」「親だから」「大切な友達だから」と理性で我慢するが
どこかで限界を超えるとヒートアップ。
そうなると自我と自我の押し合いになって、これは絶対に解決しない。

職員が私の部屋に来て親の相談を延々とした挙句(相談はかまわないのだが)
「よかれと思って・・・」と口走るので
「そこが邪魔!」と釘を刺す。
「あなたが"よかれ"と言う思いを抱きながら接しているうちは解決できない。
お互いの"よい"内容が違うのだから。
親といえどもそこは割り切って"よかれ"を捨てて付き合わない限り無理」
はっきりとそう言う。
そうですね・・・と言いつつも「仕事だと割り切れるけれども親だと・・・」とも言う。
その心情は分かるが、だからかえって厄介なのだ。
その親さんは疾病の後遺症がストレスになっているので
扱いが更に難しい。
外では普通の顔をして家庭内でいらつく=家族への甘えの下手な表現の
パターンにはまって抜けられない。
実はその親さんが発症した時、気がついた私が院長命令を無視して
強引に専門病院に転院させて、生きて家に帰る事が出来た経歴がある。
しかし、後遺症の出方がやや複雑だったこともあり
新たな問題を抱える事になってしまった。
・・・こんな事ならば見逃して重症化、落命させた方が
本人も家族も苦しまなかったのではないか・・・・
これは私の「よかれと思って」が結果、仇になった形。
少なくとも意識して見返りや感謝を期待したわけではない。
仕事として当然の事を推し進めたつもりなのだが複雑な思いである。
「よかれと思って」が葛藤となり
「命を救う」が新たな苦しみの火種となる。

平穏に生きるというのは実に難しい。

西表島の馬

東京在住の知り合いが年末、沖縄方面に旅行されて
西表島で撮ったウマの写真をアップします。

なかなかいいお顔立。南国のウマなので毛が短いですね。冬なのですが。西表島 大富 集落で撮影


上原集落で撮影
広大な土地にぽつんと一頭。のびのびのほほんいい感じ。

在来種なのかな?在来種だとしてもどういう系統なのかな?
大陸から渡ってきたウマが本土にそして島に分布した歴史は
長くて複雑です。

追記:撮影者に尋ねたところ
西表島にはもともとの馬は居なくて
この馬たちは「与那国馬」だそうです。
大富と上原集落はバスで行くと50分もかかるそうで
写真の2頭はまるで関係無し。
在来の馬を放牧して飼っている文化が
まだあるのですね・・・・






2010年2月21日日曜日

近鉄・恩智駅より信貴山・朝護孫子寺

まったくもって歩きをサボっておりました。
体調不良だから歩けないのかそれを理由に歩かないのか。
とほほの状態で標高437m信貴山を目指します。
登れるのか、私!!?

近鉄大阪線・恩智駅から駅前商店街を抜けてすぐ左折。
まずは恩智神社を目指します。
駅前から直線の登りなのですが
「もう・・・ばてた・・・」
情けなや。

恩智神社の神様の使いは竜とウサギさんだそうです。
境内のあちこちにウサギさんの像があります。
そこから山道に入るのですが、入ってすぐの処に立て札が・・・・


「イノブタ!!?」
山で「イノシシに注意」の看板はよく見るのですが
「イノブタ、と限定していると言う事は・・・イノブタなんでしょうなぁ・・・」
「イノブタの養殖場でもあるのかな?」
「逃げたブタがイノシシと交雑??」
どうなのでしょうか。
とにかくイノブタでもイノシシでも出会ったらやっかいなのでそそくさと急ぎます。

道はつづら坂でピッチは長いのですが結構な傾斜。
しかも、航空路線と自衛隊路線の真下に当たるらしく
上空からの騒音でやかましいやかましい。
息は切れる、騒音で聴覚は幻惑される。
「もっ、もうだめだ・・・高山病だ・・・」
本気で緑の光が眼底にちらつく私。
かつてはアルプス2800m級縦走もした私が←過去の栄光
400m程度で倒れる寸前。
不摂生は怖いですね。

高安山霊園付近で道が緩やかになりました。
どうもこの辺が峠になっていてここから恩智方向が「恩智越」となっています。
高安山分岐をやり過ごして「信貴山のどか村」到着。
ここは大規模な農業公園のようです。
楽しそうなのですが今日は入園する時間がありません。
入り口前の売店でいもあん饅頭と炊いたこんにゃくを買いました。各100円。
お饅頭もおいしいのですが、このこんにゃくの味の沁み方が絶品!!
充電完了で再び歩き始めます。

大きなため池を右手に見ながら三郷町の集落に降りていきます。
分岐がちょっとややこしいので注意が必要です。
やがて自動車道に行き当たり、信貴山朝護孫子寺到着です。
この有名な寺には何回か来ようとして
その度、なぜか道を間違えてたどり着けなかったという
私なりのいわく因縁ががあります。
初参拝です。

「開運橋」を渡って境内に入ります。
いろいろなお堂、お社、お店があります。
右手写真は「千体地蔵」
この近くにもカフェやお饅頭やさんが
並んでいます。

大和国信貴山は毘沙門天王が日本で
最初に御出現になった根本霊場です。
今から千四百年前聖徳太子が
この地において仏敵物部守屋討伐を
祈願されたおり虎をお供にされた
毘沙門天王が出現され戦勝の秘法を
授けられました。奇しくも
その日が寅の年・寅の日・寅の刻でありました。
そこで太子はこの山を「信ずべき、貴ぶべき山」として信貴山と
名づけられ自ら毘沙門天王の尊像を彫み守護神として
お祀りになりました        (境内の説明文より抜粋)

本堂などをお参りした後、「空鉢護法堂」まで登ります。
これが結構な階段坂。
でも大勢の方が水をくみ上げる業をしてらっしゃいます。
ひーひー言いながら登ると途中の信貴山城跡に出ました。
戦国のしたたかな武将・松永久秀終焉の地です。
山道をつたって高安山へ抜けようと考えていたのですか
ここで家人の方がばてました。
「はらへった・・・・途中で行き倒れる・・・・」
それもかなわんので撤退。
奈良側に降りる事にします。

信貴山下から山頂まではかつてケーブルがありました。
1922年(大正11年)開業の東信貴鋼索線です。
1.7kmを10分あまりでむすび
参詣客の足として栄えましたが
1983年(昭和58年)営業廃止したそうです。
その廃線後がまっすぐの下り坂となって残っています。

下るのも結構難儀な坂ですから
これを登ってくる人はすごいですよ・・・
本当にまっすぐ。ケーブル跡なのだから当然ですが。
ケーブル跡を過ぎると高校があります。
「この高校の部活って・・・」
「体育会系は絶対・・・やらされているよなぁ・・・」
地獄のケーブル跡100本ダッシュ!!とかうさぎ跳び!!とか
そんな気がすごくするんですけれども。


 
高校を過ぎるとニュータウンの中を
またまたまたまたまっすぐな道。
「"まっすぐなみちでつまらん"」と山頭火風にぼやきます。

 そのぼやきを吹き飛ばしてくれるものが駅前にありました!!
「フリースタイル!!?」
「鍼灸でフリー!!?」
「経絡無視でフリーってことぉ!?」
「いや自由で斬新な型の指圧かっっ!!?」
・・・すみません・・・されている方は絶対まじめにされているとは思うのですが
「鍼灸指圧」と「フリースタイル」の言葉のギャップが・・・
秘孔直撃。正にツボにはまりました・・・・

寺などを含めて歩行時間約5時間。
あれもこれもと欲張りな山行でした。
軟弱ではありますがこういう歩きもいいかもです。





2010年2月18日木曜日

春の準備

まだまだ寒い上に風邪をこじらせぜーはーの毎日。
しかして春は確実に近づいています。
日差しが強まり地面の緑が少しずつ濃くなってきています。

本日は無人精米所から米ぬかを大量に頂戴して
堆肥の切り返しを行いました。
うーん・・・発酵菌はちらほらついていますが
材料が草だの軸なので
分解は超スローですね・・・・
米ぬかを混ぜ込みながら
上下を入れ替えます。

エンドウの苗の調子が悪くて心配。
勢いがまるでなし。

みずなは今になって伸びて来てくれました。

霙まじりの雨が降ってきました。撤収。

2010年2月15日月曜日

嘘も方便とは言うけれども

いきなり注意を受けて「車を動かせ!」と言われる。
何の事か分からないので確認。
起こした事に関しては私が悪かったのだが
実害が生じたわけではなし第一、注意の内容がとんちんかん。
それを抗議しに行ったら
「そんな事は言っていない!」
って・・・・5分前に自分で言った言葉を忘れて開き直り?
多分、大人しく黙っていると思った相手だからケチをつけて
その相手が抗議に押しかけたから慌てたんだとは思うのだけれども。
本当に忘れたたのか?ならばそれは健忘・痴呆ですね。病院か施設にどうぞ。
保身のための嘘なのか?
それとも自分の中では真実なのか?

今回は仕事以外の処でやられたけれども
もちろん仕事の場でもやられる事はある。
多分「大人しい」「優しい」から「弱い」「反論・抵抗しないだろう」と
決め付けてなめて調子に乗って突っかかってくる。
私も昔よりはかなり堪忍袋の容量が大きくなったので
ぐっと堪える・・・でも容量には限界がありますよ。
そこで意図的に堪忍袋の緒を切ると
「そんな人だとは思わなかった・・・・」と批判。
勝手な人たちだな、自分の判断違いを棚に上げて。

更にはこっちが攻勢に打って出ると
平気で嘘をついて逃げる人がいる。
確実にいる。
多分、嘘をついている意識はもう無いのだろう。
処世術として身に染み込んでいるのだから。
人としてみじめだとは思うが本人は自信満々だったり特に意識はしていなかったり。
これを経営者や上司、同僚にやられるときつい。
死にかけの患者を前にもっともらしい事をもっともらしい顔付で言って
逃げる医者に何人にも会った。

個人的なキャラからそういう力の勾配がかかってしまう事もある。
更には年齢、職業、性別の違いからも擦り付け合いが起こる。

弱者に責めを負わせて生き残るのが強者なのか?
それは本当の強さなのか?

そうは言っても威圧的・脅迫的にやっておかないと
つけあがって全てを擦り付けてくる「弱者」も確かにいる。
弱い立場を逆手にとっての思考停止・責任回避が人生の全て。
「怖いヒト」のふりをするのも難しい。

懐を深く、堪忍袋の容量を大きく育てていきたいとは思うが
それをやればやっただけ
そこに投げ込まれるモノがどんどん増える。
処理能力がまだまだ低いのだと思いそのつど反省するのだが
本当に反省が必要なのはどっちだよ、と思う事もしばしば。
声が大きいモン勝ち、言ったが勝ちの世の中には疲れる。